2007年6月 3日 (日)

交通機関・災害時にはどうするか?(7)

◆車で島々への旅にはフェリーの利用に成ります。特に中型の船で、波
(Gelombang)の荒い季節(Musim)に制限積載量以上の荷重状態で出航し、
沈没(Tenggelam)するケースが有ります、要注意。

◆小型客船にはいい加減な船もあり、航行途中でエンジン・トラブル、辺鄙な
島へ流された事もあります。

◆船籍、船齢、エンジン状態 (ke-ada-an) などの資料は持っていないので、
我々が事前に調べる事は不可能です。

◆イリアンには細長いカヌーに船外機を付けたものがあります。「落ちたら
サメの餌食だな」なんて思った事ですが、2ヶ月程前、TV7と言うテレビ局の
スタッフが取材の為イリアンの離島を2隻のカヌーに5-6人が分乗しサーベイ、
夜間豪雨(Hujan Deras)の中1隻が不明(Hilang) となり、1週間探索
(men-cari) したが発見されず。

◆指定席の列車に乗ってしまえば、マアマアですが、席に着くまで駅構内、
ホームの混雑の中を歩かなければ成りません、スリに注意する事。

◆指定席に空きが有れば、車内でも車掌から切符を買えます。

◆車内での食事は日本の皆さんには合わないでしょう(Tidak Cocok)。
本を読むにも揺れ(Goyang)が酷く、無理です。

◆保守、管理に問題有りで、色々な事故が起きますから、特急でも何時何処で
停車するかも知れず、何が原因か、今後の予定はどうなるか、掴む事が困難です。

◆自分から積極的 (Agresif) に情報(Informasi)を収集(Kumpul)し、対処
しなければなりません。

◆タイトルに書いた{交通機関}{災害}に続くキーワードは{言葉}に成り
そうです。

◆なるべく早く相手の言葉を聞き取り、短い言葉でも対応出来る様訓練が必要
です。命に係わる事に成るかも知れません、文法、発音は後回しです。

◆この国の人達の大部分 (mayoritas) は個人的付き合いに於いては非常に
友好的です。

◆外交上手ですから、会話相手である我々に不快な感じも与えません、有り
難い事です。

◆人を選ぶ事は必要ですが、気軽に物を尋ねても大丈夫です。
但し、女性に接近し、余り馴れ馴れしくしない事です、因習も有り嫌がられます。

◆最後に、ご注意を:-
列車の駅(Stasiun)、バス、船の波止場には多数のCaloや、得体の知れない
(Tidak jelas Identasnya人達が大勢居ます、有事には立ち寄らない事です。

◆週末 (Akhir minggu) 前後に祝日が重なり、長期休日に成る時の交通機関は
満杯です。バスに限らず全ゆる交通機関の切符料金が高騰します。

◆コンダクター(Konduktor)と客との間、客と客との間にAnjing(犬)、Monyet
(猿)、Goblok〈鈍重〉、Brengsek(畜生)等の罵声が飛び交う事もしばしばで、
荒れますから要注意。

◆列車(Train)の指定席、バスのPatas夜行便(Bis Malam)には、ねずみ避けか、
昆虫よけの為か寒くなる様なクーラーが効いています。両者とも毛布を貸して
呉れますが、それでも絶えられない程です。

◆こちらの人は防寒帽を冠り、キルティングの防寒ジャンパー(Jaket)の襟を
立てている人もいます。

◆往き帰りの荷物(Bagasi)が大きく成るのが困りものです。

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交通機関・災害時にはどうするか?(6)

◆ジャカルタは特に朝夕車が渋滞、動かなく成ります。ONE WAY通りが多い為、
近距離でも1時間は掛かってしまう事がよくあります。

◆その様な所へOjekを使って客との待ち合わせ場所まで5分間で、行った事が
有ります。裏道や歩道を走るからです。

◆田舎のOjek運転手は小学校(SD=Sekolah Dasar)、中学校(SMP=Sekolah
Menengah Pertama)の先生(Guru)がアルバイト(Kontrak jam-jam-an)として
働いている場合があり、おしゃべりが弾み、友達になる事も有ります。

◆どこの町にも3輪人力車(Bacak)が有ります、料金はBemo、Ojekより割高
です。顔見知りのBecak以外は気安く信用したり、遊び半分で料金交渉しない
様に。気性の激しい人もいます。

◆その他の交通機関に就いて気の付いた事:-

◆飛行場へ行き飛行機の搭乗を待ちます。定刻 (Waktu ter-tentu)が過ぎても
搭乗アナウンス (me-nyiar-kan) は有りません。1時間過ぎ頃「搭乗は都合で
遅れます」のアナウンスがあり、2時間後に飲料水或いは軽食 (Makanan
ringan) が出る場合もあります。

◆この間コンプレインする人は皆無か、有っても少数 (sedikit) です。

◆バリ島からチモール (Timor) 島へ行く時、朝10時の出発便が、午後3時の
アナウンスでキャンセル(Batal)と成りました。他の飛行機運行会社の事務所
(Kantor) は仕事を終えていて、切符の移動は不可能です。

◆さすがに長時間待期後のキャンセルで30人程の人が窓口(Loket)に集まり
ました。私に採っては旅先での事、ホテル代を請求しました。この請求をした
のは私と他もう一人だけでした。

◆かなりしつこく (men-desak) 交渉 (Negosiasi) してみましたが、「当社の
規定(per-atur-an)に無いの一点張り」、「明日の朝、他社の一番機を用意する
から、それで勘弁してください」。

◆同行していた当時の私の社員は困惑(Bingung)顔で事の成り行きを観て
いました。

◆或る地方の飛行場で朝1番機に搭乗 (Naik) すべく、待合室に入り搭乗券を
胸に差し、当該機 (Pesawat ter-sebut) のゲート付近の席で新聞 (Koran) を
読んでいました。

◆いつまで経ってもアナウンス が無いので、カウンターへ行き尋ねますと、
既に出発 (ber-angkat) したとの事。

◆如何して (Kenapa) 私を探さなかったのか? 詰め寄りましたが後発機は
いずれも満杯。

◆明日の1番機の搭乗券を貰ってホテルに帰りました。油断した(ber-lalai)
とはいえ、のんびりして (Santai) 居た私にも、落ち度があり、ホテル代は
請求できません。

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2007年3月25日 (日)

交通機関・災害時にはどうするか?(5)

◆以上の大型バスの他にワゴンやジープを小型バスに改良したAngkutan Kota
別称Mikroletというのがあります。何処の町でも、町から町へ行く事が出来
ます。

◆ルートは多岐に亘って網羅されています。目的地を街の人に聞けば何番
表示の車かを教えてくれます。初めての街では先ず人に聞く事 (Tanya) が
大事です。これも会話 (per-cakap-an) の練習 (laaatih-an)です。

◆行き先の場所名の中に、LとRは無いか? 確認(menentu-i)して気をつけて
発音して下さい。

◆我々日本人には難しい発音です。私などは何時もポケットにメモ紙とボール
ペンを入れていますから、面倒でも(Ganggu Juga)行き先を書いて、皆に
見てもらいます。

◆このMikroletの行き先は正式町名でなく別称(Alias)が使われている場合
が多く、又コンダクターの呼びかけも目的地の呼称を短くして言う場合がある
ので、傍に居る人達に聞く事です。大体は親切に教えて呉れます。

◆これが会話に発展する場合があります。パターンはプライバシー (urus-an
Pribadi) に係わる事が多いのですが相手は戸籍を調べているのでは無いので、
適当に答えて、気にしない事です。

◆料金は何処でも1巡回行程内は平均Rp.2,000.- (約25円)程です。

◆タクシーの無い町でも、このMikroletが乗れる様になればあちこちに行かれ
ますし、チャーター(Kontrak)も可能です。それには彼らのターミナルでの
交渉がベター(Lebih Baik)ですが、走行中の運転手と交渉し、その場で乗客
(penumpang)を他の車に移して貰い、此方が使用すると言う、乱暴 (Kasar) な
事も可能です。
 
◆Patas, Travel 以外の乗客は何処からも乗車でき、降車できます。

◆Mikroletには携帯荷物(Bakasi)を積む事が出来るので、時には足の踏み場も
無いという場合もあります。

◆学校、工場への行き帰り時間を外して、余裕のある乗車に心掛けると良いで
しょう。

◆大きい都市にはBajayとかBemoとか呼ばれる、自動三輪車が有ります。
運転手1人が前の運転席に座り客は後部に2人乗ることが可能です。
料金はMikroletより高額ですが、Mikrolet行程以外の路地も走ります。

◆べモより手早く、安く、目的地までの早期到着はOjekです、モーターバイク
の後ろに乗客として乗るのです。

◆何処にでもあり、大抵は組合を組織、組合員(Anggota)がOjekをしています。
その証明書を保持していますから、土地の人に聞けば組合員であるかどうかは、
判ります。

◆高原(Daratan)、森林(Hutan)、山中(Dalam Gunung)を走る場合が有り
ますから、知らない土地で夜間には利用しない様に。

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交通機関・災害時にはどうするか?(4)

◆長距離用には車内トイレ(WC)が付いていますが、狭くて使いずらい場合が
一般的です(Pada umum-nya)。大きい町のバスターミナルではトイレへ行く
機会が有ります。

◆それ以外の場合、コンダクターに言ってガソリンスタンド (pompa bensin)
のトイレに寄って貰う事です。

◆どこのスタンドにもトイレは有ります、恥ずかしがってはいけません
(Tidak Boleh Malu)。

◆こちらの人達は我々日本人より膀胱 (Kandung Kencing) が大きい様です。

どこの町でも村でも公衆便所 (WC Umum) は皆無に近く、都会のデパートや
事務所ビル群の中のトイレを利用する事も、簡単では有りません。

◆そんな環境が成せるのでしょうか、皆さん5時間位は我慢出来る様ですから
勝負に成りません。彼等がトイレの為に停車依頼する事を待っても無駄です。

◆一応の定時はあるものの、乗客の満杯具合をみて、出発するTravelと称する
バスがあります。事務所に電話で予約し、大中小のバスが有り、送迎して
(Antar Jemput) くれるのが特徴です。乗り合い客が皆でチャーターした様な
感じです。

◆Patasと同じような料金ですが、目的地着が真夜中(Tengah Malam)、早朝で
乗り継ぎする乗り物が無い場合は、此れが重宝 (Praktis)します。

◆Patas、Travel 以外のバスには無礼講(Tanpa Permisi)で物売りが乗り込み、
流し( Ngamen)という素人歌手(Penyanyi Amatir)が1-2人乗り込んできて
ギターを引きながら歌を強制的(Paksa)に聞かせ、寄付(sumbang-an)を募る
人達も頻繁に乗降します。

◆彼らは何処からでも〈Dari Mana Saja〉乗降し、乗車賃は払いません。
コンダクターは文句を言いません、相互扶助(Gotong Royong)の精神からです。

◆最初(per-mula-an)は苦学生が大学生活を貫徹する為の目的で乗客に協力
願ったのです。昔は大学生(Mahasiswa=男性 Mahasiswi=女性)自体が少数
でした。好意を持っての協力者も多く居ました。

◆苦しい生活の一般市民が多い現在はNgamen が学生とは限りません(Belum
Tentu)、しかしこの国の人達は寄付心が強い人が多く、強制的に歌を聴か
されても怒らず、小銭が有れば寄付をします。

◆この流しは大通りの道端 (Pinggil Jalan) にも居て、行き交う車両からの
寄付も期待します、近年は子供達 (Anak2) がこれを真似し、又、両親の無い
子供達を集めて募金運動をさせているボス等も居るとか?

◆此方の人には小銭で人助け(Bantu)が出来るなら、と言う考えもあるよう
ですが、罪滅ぼしと解釈している人も多いのです。

◆此処の皆さんは、我々の様に「あいつ等はこの金でビール (Bir)を飲み
タバコ(Rokok)を吸うんだろう」、とんでもない奴だとか 「彼等のボスは
摘発すべきだ」など等を考えず、寄付の使用目的には関心が無い〈Tidak Ada
Minat〉、と言う様な顔をしています。

◆一般的にはNgamenに払わなくても、パスのサイン(Tanda)を示せば問題は
有りませんが、中には支払いを強制する者も居るとか、いずれにせよ余り頻繁
ですと、私達には只うるさく、疎ましく、愉快でありません。

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交通機関・災害時にはどうするか?(3)

◆平常時 (Biasa) に、信用できるかどうか判らず、しかし、どうしても
利用しなければならない場合は、携帯電話(HP=hand phoneの略) で刻々知人に
連絡を取り(hubung-i)、危ない(Bahaya)と感じたら自宅 (Rumah Sendiri) や
邦人の友人宅に向かわず、スターのある (ber-bintang) ホテルにタクシーを
着け、ベルボーイ、警備員(Satpam),或いはカウンターに居る人間に料金支払
交渉(Negosiasi Bayaran Fee)を委ねる(silah-kan)事。

◆そのホテルに投宿(meng-inap)しなくても充分謝意を表して、チップ
(Tip)呈して、問題は解決する筈です。

◆インドネシアに於いて外国人のバス利用は一部の路線を除き、殆ど成されて
いません。

◆一部の路線とはジャカルタに於けるBIS WAYであり、飛行場から市内数箇所に
出ている定期(Jadwal ter-tentu)運行バスです。

◆このシャトル便は国営(per-usahaan Negara)バスのDAMRIで、ジャカルタ
市内の数ポイント間を運行しています、急行(Cepat)ですし、料金は安く
安全(Aman)です。

◆両者ともまあまあの清潔度があり、料金が安い上、保身上の安全度は
タクシーより上です。

◆まず、これ等のバスからの利用トライ(per-coba-an)をお勧めします

◆ジャカルタ以外の空港にも街との間のシャトル便がある所もあるでしょう。
出発前に其の地に明るい人達に前以て (sebelum-nya) 聞くと良いでしょう。

◆ジャカルタの場合、両者以外の市内バスは馴れないと、どのルート
(Jalur) をどの様に走るのか解り難いし、昼間はスリ (Copet) が横行、
夜間は強盗 (pe-rampok) が出没しますから乗らない様に。

◆次ぎの、バス乗車の練習には、Patasという全席指定席のみの急行
(Expres) バスがを選びます。クーラー(AC)があり、殆どの車両は清潔
(Bersih) で、ジャカルタでは数箇所のターミナルから出ています。

◆各地方都市間を1日数回往復するので、切符の前売りもあり、バス
ターミナルでは当日、当時に購入も可能です。また車内コンダクターに
目的場所(Tujuan)を教えておく事も可能です。

◆一昼夜以上の長距離Patasには、等級によりレストラン(Restoran)に
寄ったり、その食券が出たりする場合があり、勿論自弁の場合は食事内容
も自由です。

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2007年3月 3日 (土)

交通機関・災害時にはどうするか?(2)

◆先ず、有事発生では街中のタクシー (Taxi) は使えなくなる事が充分
(se-cukup-nya)に考えられます。理由は渋滞 (Macet)、或いは運転手
(Sopir) が危険地帯 (Zona ber-bahaya)への運行を拒否(Tolak) するからです。

◆友人達の協力無しで、タクシーも使わず安全箇所にまで到達するには
どうしたら良いか ?

◆先般のジョクジャカルタ、中・西部ジャワ連続地震 (Gempa Bumi) 発生の
際もタクシーの乗車拒否は多発しましたが、バスは運行路線 (Jalur Operasi)
を運転中であり、のろのろ運転ではあっても走行していたようです。

◆しかし、バスの運転手、乗客もろともバスを離れ、逃げ去ってしまう例も
有ったかも知れません。

◆この様な場合先ず、貴方の希望する(meng-harap-kan)場所へ連れて行って
呉れるか、其の場所へ連絡を取って呉れる(meng-hubung-i)であろう所は
何処か考える事です。

◆日本を含む外国の大使館、(ke-duta-an) 領事館(Konsulat Jenderal)、日系
進出企業等が良いでしょう。

◆次ぎは情報が得易く、協力してくれそうな、スターの有るホテル、地元の
FM放送局 (Stasiun Radio FM di Tempat)、警察署(Kantor Polisi)。

◆一時待機の場所として最低限 (Perluan Minimum) の設備 (Fasilitas) を
持っている病院 (Rumah Sakit)、飛行場 (Air Port)、なるべく大きい建物の
官庁を探す事です。

◆官庁建物の表看板の文字の中にはDEPARTMENという文字が有ります。そこ
には公用車(Mobil Dinas)があります。

◆此れをヒントに貴方に適した場所を考え、常時(Selalu)携帯(mem-bawa
surta)のメモ(memo) に記録しておく事です。

◆インドネシアに於ける一般的交通機関の内、先ず災害時に使わざるを得ない
交通機関から、続いて( ber-ikut-nya) その他の乗り物に就いて書いて見ます。

◆ジャカルタ市内で使用するタクシーは厳選 (memilih Ketat)を要します。
特に辺鄙(Tempat Sepi) な場所での乗降と早朝、夜間の利用には、注意
(per-hati-kan) が必要です。

◆飛行場を始め、人の集まる所には上白タク(Taxi Gelap)と、その仲介屋
(Calo) が横行します。質の悪いCaloと白タクに捕まったら、面倒が発生
します。

◆FMラジオ聞いていますと、各地で生した事件 (Peristiwa) が報道され、
タクシーでの事件も多く、特にジャカルタで発生の酷いケースが報道
(Rapor) されます。

◆皆が動顚している災害時は、お互い他人の事に気を配る事が難しく成ります。
その様な時にタクシーの利用は絶対 (bagaimana-pun juga) に避ける
(meng-hindar)べきでしょう。

◆どの様な状況下に身を置く結果になるかも知れません。

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交通機関・災害時にはどうするか?(1)

◆外国 (Luar Negeri) に長期滞在 (Tinggal Lama) する場合、災害 (Bencana)
が発生し(ter-jadi)、交通機関が麻痺した場合を予測(me-ramal-kan)しての
心構えが必要です。

◆いつもなら会社の同僚(Rekan)、友人(Kawan)に協力(mem-bantu)を願う
事も可能でしょうが、災害が発生すれば難事(Hal Sulit) は皆に降りかかります。

他人 (Orang Lain) からの協力は期待 (meng-harap-kan) し過ぎない方が良い
でしょう。

◆其の時(Pada Waktu Itu)、貴方の居る場所は何時も見慣れている場所
(Tempat) か?

◆旅先 (Dalam per-jalan-an) などで、周囲( lingkung-an )の事が余り判ら
ない所か?

◆前者 (Yang Depan) の場合は、いざと言う時でも、どうしたら良いかを考える
基盤(Dasar)が有ります。

後者 (Yang Belakang) の場合は、今居るロケーション (Lokasi) と周囲の状況
(Situasi)を判断 (Nilai) する必要があります。

◆いずれにしても、事が起きたら、走り出さないで、例え数分掛かっても、
身の安全を確保しながら、状況判断する事が大事 (Penting) だと思います。

◆インドネシア、スマトラのアチェ(Aceh)を地震、津波 (Tsynami) が襲った
ときのフィルムをみる (Lihat) と、濁流が流れる大道りを人々は流れに沿って
(ber-ikut) 逃げています。

◆通りの両側は幾らか高くなっていて商店群(per-toko-an2)があるようです。
左右に逃げたら救命(pe-nyelamat Jiwa)の機会が有ったのでは? と思いました。

◆過去にもインドネシアには津波が何度か有りますが、この国の面積は余り
にも広く被害地(tempat rugi-kan ) 以外の人々は、津波とは何なのか? 
どの様な格好( rupa-nya)でやってくるのか?知らない人が殆どです。

◆従って、ある人が先導(me-minpin)すれば皆付いて行く(Ikut)事に成ります。

◆此れはアチェに限った事でなく、わが国の関東大震災時にも有った事です。

◆東京、江東地区に火災 (ke-bakar-an) が延焼し、風下へ大群衆が逃げ、
逃げ場を失い運河で多くの死者を出す結果と成ったと聞いて居ます。

◆人間は弱いものですから、集団(Kelompok)に着いて動き安いものです。
でも、一寸の時間考えるべきです、難しい事では (Sulit Juga )ありますが。

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PALOPO現場の仕事開始(8)

◆日本から資材 (Materi) を積んだ船が入港すれば、マカッサルに戻り荷の
通関(lulus-kan Bea Dan Cukai) 、保管 (Simpan) の仕事です。
資材紛失は工事進行上許す事は出来ません。足しげく港の倉庫に通います。

◆そんなある日、ポートマスターから呼び出しが有り、何事かと行って見ま
した。曰く日本漁船 (Kapal Ikan Jepang) が突如入港、病人 (Orang Sakit)
が出たらしい、行って見てくれ。

◆和歌山県の小さい漁船で、聞いてみると急性盲腸炎 (盲腸炎=Usus Buntu)
らしい。以前居たホテルの隣の病院 (Rumah Sakit) へ電話後入院させました。

◆日本からの旅行者 (Turis) が宿を求めて宿舎に来、私がPALOPOに居る間
数日 (be-berapaHari) 泊まっていた事も有りました。当時日本人の居る家は
私共ともう1箇所の2軒でした。

◆2人居たお手伝いさん達は、日本人なら皆、我々の友達(Kawan)と思って
しまう事もあり充分注意した (meng-awas-I) 、事でした。
外国人として、長居すると、色々な事に出会います。

◆インドネシアのPalopoへ赴任する以前、会社内では数人の赴任者候補が
居ました。

◆南の島の奥地へなど行きたくないと思うのは当り前かも知れない。
まして、東京で常に新しいビジネスに触れていたいと思っている人にとっては。

◆しかし、我々の課、プラント課員は日頃現場の事を考査、検討ししている
為か、奥地と言う言葉が常にあり、逆にそれが当たり前に感ぜられる様に
成っていたのかも知れません。

◆私自身、インドネシアへ行く事に成るなら人が嫌がるところが良い、とさえ
思っていました。

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PALOPO現場の仕事開始(7)

◆現場では、早速 (Dengan Segera)、 片言のインドネシア語で笑いながら
仕事を教える人も居れば、年配の人は日本語のみ (Cuma) で仕事の指示をして
いる人もいる。

◆現場の仕事は相手が熱心 (Rajin) であれば、それでも通じるものだと感心
して見ていました。

◆事件です。毎朝水浴の為の水を消防車 (MPK=Mobil pe-madam ke-bakar-an)で
運んで貰って居ましたが、今朝は出勤時間が過ぎても消防車が来ません。

◆私は考えました。朝の水浴(Mandi)はインドネシア人に取って大事な事で、
これが出来ないと仕事はおろか、1日が始まらない (Tidak Mulai) と言うもの
です。彼らは解って (mengarti) 呉れる筈。

◆このPALOPOは奥地 (Tanah Ujung) で全てに不便 (Tidak Praktis) な所です。
不便ですから事がスムースに運ばない事も承知していますす。
が、良いや良いや事を済ましてしまうと、今後も全ての約束 (per-janji-an) が
好い加減に成ってしまう。

◆我々日本人に取って約束事は大事である。履行 (pe-laksana-an) すべき
ものは履行する事が我々とイ国側が今後も良好な関係を維持していける最低線
である。

◆以上を胸にして現場のスタッフに伝えました。「約束の給水車が来ない、
我々の権利であるMandi無しで仕事には就けない。依って本日は日本人にとって
の休日とする」。

◆スタッフは軍隊の電話を使ってマカッサルのS氏に連絡を取ったのでしょう、
翌早朝S氏がやって来ました。

◆曰く、「これはどうした事か」、「この国で禁止されているストライキを
やるのか?」

◆応えて「我々は日本国の指示で此処に来ている、決められた約束が守られ
なければ、侮辱を受けた事に成り、仕事の続行は出来ない」。

◆彼は暫く嫌な顔をしていたが、「我々の手配 (per-siap-an) が悪かった、
直ぐに給水させる」と言って帰っていった。

◆直ぐに車が来て、Mandiし仕事場へ向かう。
現場に居る労働者は、ニコニコ、ニヤニヤ。

◆1日の仕事が終わり、宿舎で夕食、イ国側から私共宿舎用にジープが1台与え
られていたので、コックさんは毎日ボーイを連れて町の市場(Pasar)へ買い物、
なかなか結構な夕食だ。

◆食後、S氏の宿舎を訪ねると、結婚式 (Upacara per-nikah-an) へ出席の為
出掛けたとの事、場所を聞いてその場へ。

◆S氏はにこやかな顔で最前列中央に座っている。式場関係者に頼んでS氏の
隣に椅子 (Kursi) を置かせ、座るなり隣のS氏と握手する。彼も応えて
ニッコリ。

◆その場で何を話したのか記憶 (ingat-an) に無い。
以降は友好 (per-sahabat-an)がより深くなった様でした。

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PALOPO現場の仕事開始(6)■ By 南果

◆1時間ばかり現場を歩き、それでも汗だくに成ったので、川の水で入れた砂糖
(Gula) 大目の熱いコーヒーが美味い、皆の鼻下にはコーヒー豆の挽き粉が
円を描いています。

◆お互い愛嬌のある顔を見て、笑い合う。

◆現場に立った現場主任は言う、明日から穴掘り (mem-buat Lubang) を
しますので、人夫 (Buruh Kasar) を手配して下さい。

◆マカッサルの大学から派遣された研修生5人と教授 (Guru Besar) は、興味
シンシン(Dengan Menarik Hati) 観ています。

◆工場予定地の周りに電柱を立てるのです。現場主任は作業服 (pakai-an kerja) 
を着て、自ら生丸太(gelondong-an Basa)を担ぎ(Pikul)歩きます、イチ、
ニイ、サン〈Satu, Dua, Tiga〉とか、セイノーとか主任が発する掛け声は其の
日の中に大はやり。

◆しかし、大学生達は冷えびえした顔で観ています。

◆かなりの時間が経ってから、一人の学生が私に聞きます、「アノ人は
エンジニアー(Insinyur)なのか?」そうだチーフ・エンジニアだと答えると、
そうかな? と言う顔で「エンジニアーは普通ネクタイをして、事務所の机で
図面を見て、人々に指示すもので、丸太を担ぐチーフ・エンジニアー等居ない」、
「おかしいな?」と懐疑的(men-curiga-i)。

◆仕方なく、主任に事の事情を話しました。彼は「良いですよ、こうしましょう、
これから彼等と構造計算のスピードを競い合いましょう、提案して(meng-usul-
kan) 下さい」。

◆彼らは提案を受け入れ嬉々とし(Dengan Senang) て紙と鉛筆を持ち集まり
ました。主任は紙も使わず、早速地面に数学 (Matematika) の問題を出しました。
学生も理解したようです。

◆用意ドン(Satu Dua Tiga)開始 (Mulai)、開始して1分も経たぬ内、主任の
計算は終わり(Selesai)ましたが、学生達は時間が掛かっています。

◆やっと出た答が同じ (Sama2) で、学生達は笑顔と成り主任と握手 (Jabat
Tangan)、次の日から彼らも丸太を担ぎ、セイノーの掛け声を出しています。

◆技術者の第2陣が着きました、現場では各班に別れ、夜まで作業が続きます。
我々は国家間の賠償契約に基いて来イして居るので、旅券 (Paspor) は公用
(Dinas) と成っています。

◆しかし、第1陣受け入れ後の移民局 (Kantor Imigrasi) に於ける手続は
面倒なものでした。社員の言う潤滑油 (pe-licin=Licinは滑るで、pelicin
すべすべした物) が必要なのでは?

◆結局、日本からの土産物である御婦人用の夏物生地 (kain) と、当時日本で
流行だった花柄サテン地に厚手の透明ビニールをカバーした物で縫製 (men-
jahit) したバッグを持って、移民局担当官宅へ。

◆担当官はH氏、彼は頬には縫い傷があり、しわがれ声で威圧するので、居留
手続に来る中国人達はかなり恐れ (Takut) ていた。

◆私はその後も、後々の事を考え足しげく彼の家へ通いました。

◆10年後程だったか、ジャカルタに居住しPeribumi (血統も国籍もイ国人) 
の友人と市内を歩いていた時、ばったり(Tiba2) H氏と会いました。H氏は
私の友人の親族(Famili)でした。

◆H氏のばつの悪そうな顔を思い出します。

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