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2006年12月17日 (日)

30事件(クーデター)(5)

◆1966年3月11日スハルト将軍はスカルノ大統領から職権移譲書を
受けました。

◆この後この書類の本紙(Asli)が紛失、現在保存されて居る書類はコピー
されたもの、と言う椿事が有ったり、スハルト将軍側近(Orang yang dekat)
が幾人も長期拘束(Tahan)されると言う変事も有りましたが、スハルト政権が
固められて行きました。

◆スハルト大統領代行は選挙(Pemilihan)を経て大統領と成り、右より
外交路線(tujuhan diplomasi)を明確にし、西欧諸国からはSmilling President
として親しまれる様になりました。

◆アメリカ・バークレー大学出身者達の経済閣僚(Mentri ekonomi)の起用が
あり、経済開発政策にも成功し、スハルト政権は長期(Waktu panjang)に
及びます。

◆どの国の政権でも、それが長期に亘ると、弊害が目立つ様に成ります。
国民からの支持率も落ち、32年間と言う長期政権(ke-kuasa-an politik)
は終焉(ber-akhir)します。

◆1970年、仕事で行った南カリマンタン、ラウト島の指定宿舎は隔離
されている元PKIの年老いた(Lansia)夫婦により管理されていました。
この村で数人の元PKIにも逢いました。

◆農業(per-tani-an)をする土地は有るので食べては行けるが、ジャワに帰る
事が出来るのか、どうかは解らない、と寂しげ(Sedih)な顔かお。

◆1990年代になりジャワ島内の旅行先で元PKIの2世(Generasi yang ke-
dua)に偶然逢う事が幾度かありました。私が外国人である事を知ると、
色々しゃべり(Bicara)出します。

◆立派な履歴(Riwayat hidup)を持つ人も居ますが、公職には就けないと
憂鬱そうにつぶやく。

◆人生(ke-hidupan manusia)を短く感じ、又長く感じる人々も居るのは
当然として、近親者がそして本人が、何時何処でどの脇道(Gang)を通るかに
より運(Nasib)と言う箔か垢(Daki)が付いて来る。しかし運の付いた瞬間、
本人に採っては箔なのか垢なのか解らない。

◆これが恐ろしい事なのか、愉快な事なのか、人生を終わって見なければ
解らない。

◆この国の人々は90%以上がイスラム教徒(Muslim=男、Muslimah=女)、
彼等と話をしていると、考えの中に輪廻(Karma)思想があり、地獄極楽
(Neraka、Surga)もある様だ。

◆この世は短く、あの世(Akhirat)の滞在は非常に長いと言う。そのあの
世とやらを心安く(Santai)過ごすには、この世での過酷(Kejam)を偲
(me-nahan)ばなければならないとも言う。

◆しかし降り注ぐ不運(Nasib buruk)に耐える強さを、宗教(Agama)は
人間にもたらして呉れるのか?私の人生が短すぎて未だ判りません。 

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