« 山本さんの会社は何時から何時までですか? | トップページ | 30事件(クーデター)(3) »

2006年11月28日 (火)

30事件(クーデター)(2)■

◆1995年10月1日の昼頃、近くのスカルノ・ハッタ港(Pelabuhan
Sukarno-Hatta)付近で、連続した発砲音が響き出しました。

◆突然(Tiba2)、軍人(Tentara)がやって来て「国軍(TNI)海兵隊(KKO)が
共産党員(AnggotaPKI)と撃ち合い(tembak-menembak)をしているので、家に
帰ってくれ」と言う。

◆宿舎のホテルに戻りましたが、ホテルは武装した(pe-langkap-an)兵隊に
囲まれている、事情を話し部屋に戻り、ゆっくりと隣人(Tetangga)達に
状況を聞く。

◆「クーデター(Kudeta)が起きたらしい、詳しい(Teliti)事は解らないが
安全第一(utama-kan- ke-selamat-an)を考えて、事情を聴取しましょう」
との事。外には出られず、まんじりと夜明(Fajar)けを待つ。

◆夜中を通してホテル入り口側と裏の海岸通り側との間で発砲が続いて
居ましたが、肉薄戦にはならない様子(rupa-nya)。TVの無い時代で唯一の
国営ラジオ(Radio Republik Indonesia) は「ウントン中佐(Letnan kolonel)
とやらがジャカルタを占拠(men-jajah)した」の放送(Siaran) があっただけで
中断が続いて居る。

◆オーストラリア放送を聴いた人は「将軍(Jenderal)7人が死んだ(Meningal
dunia)、ジャカルタは混沌としている」それ以降(Sejak itu)、外国からの
放送は妨害音が入り、聞けないとの事。

◆当時、マカッサルの一般家庭(pe-rumah-an umum)には電話が配線されて
いません。SSBを備えている企業は未だ(Belum)進出して来ていません。
電話局へ行き連絡を試み(per-coba-an)ましたが、操作不能(Tidak bias
ber-operasi)状態。

◆この国の大きな町、何処にでも中心地(Sentral) にスクエア広場(Alun2)
が有ります。

◆当地マカッサルの広場には中国人金持ちの乗用車(Sedan)を狩集め、
群集が焼いていると社員の報告(Laporan)。

◆本当なのか、社の車の窓(Jendela)に小さい日の丸(Bendela Jepang)を
張り、Yシャツにネクタイ(Dasi)を付けてスクエアに出てみる。

◆暴徒化(men-jadi orang amukan)した群集(gerombong-an)の険悪な顔
(Muka benci)が右往左往、車を見つけ寄って(dekat-i)来る、中を覗く。
日の丸を見て、怖い顔をしながら躊躇(Bingung)している。

◆結局(akhir-nya)、何もされずに済んだのですが、何かのきっかけで、
どう成ったか解らない状態でした。暴徒の一人が、やれ!(Ayo!)とでも声を
出せば餌食(Korban)に成っていたかも知れません。

◆毎日短時間外出できるように成りましたが、午後6時から翌朝までは
戒厳令下です。

|

« 山本さんの会社は何時から何時までですか? | トップページ | 30事件(クーデター)(3) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/23494/4340265

この記事へのトラックバック一覧です: 30事件(クーデター)(2)■ :

« 山本さんの会社は何時から何時までですか? | トップページ | 30事件(クーデター)(3) »