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2006年7月 3日 (月)

インドネシア西から東へ食べある記(1)

◆初代大統領のスカルノ(Sukarno或いは古い
書き方ではSoekarno)さんはTVやRadioで良く
Sabang Sampai Meraukeという言葉を使って
いました。Sabangはインドネシア西北端、Sampai=
迄、Meraukeは東南端、即ち全インドネシアと
言うことです。

◆私は食道楽ではないので、食べる為にあちこち
へ行くという事はなく、日常的に食べた物、仕事で
行った所或いはその途次で口にした物に就いて
西から東へ行きながら書いてみます。

◆私がジャカルタで知り合った観光省の役人に
アチェ(Aceh)の人がおりました。アチェの文化は
ジャワより古く、言葉もジャワ語より多いと自慢して
いました。

◆御夫婦共アチェ人で、食事を一緒にと誘っても
食べるものが違うからと断ります。当時、1970年代
のジャカルタ中心部(Sentral)にはアチェ料理の
レストランが2箇所有りました。

◆友人の話ではアチェ料理には麻薬の葉が使われ
ている、との事。ぜひ食べてみたいと思いながら
忙しさに紛れ、思い出して行ったところ、先日閉店
したとか、その頃から政府(Pemerintah)は麻薬取り
締まりに腰を入れ出していたのかも知れません。

◆アチェは信仰心の強い土地です。アチェ人は勇気
の有る頑固者が多いので戦争中も手こずったと
元軍人に東京で聞いた事があります。当然
アルコール類は彼の地に置いて有りません。

◆其れを知っていたので、お隣のPadang迄は
行きましたが、アチェには入りませんでした。
パダンでもビール(Bier)が見当たらず、商売相手
の中国人が何処からか洋酒を手に入れホテルに
持ってきてくれました。感謝(Terima Kasih)。

◆木材の仕事でパダンからパイロットを含めて
4人乗りのブンブン飛行機に乗り15分でPagai島へ。

この島には住人は居らず村も有りません。

各シフトの工員1,000人余りがは毎日パダンから
船で通って来ます。

◆桟橋に漁船が近づき取れたてのカジキマグロを
買ってくれと言っています。

工場にはゲストハウスがあり、中国人の料理人
(Tukang=職人、Masak=料理)が居りました。

◆夜になり私達2人の為に美味い中華料理での
宴会、皿一杯大の深海魚を蒸し熱いごま油を
掛けた料理が出ました。

贅沢な会社でしたが、先々年の地震(Gempa)での
災害(Bencana)はどうだったろうか?

原料のクルイン材の大木は皆倒れてしまっただろうか?

◆Palembangではムシ(Musi)河で取れる大きい頭
の海老(Udang=ザリガニの1種か)の味噌が
おいしかった。 Lanpungでは只ただ産物の
キャッサバ芋を食べさせられゲンナリ。

◆この芋は木芋(Unbi=芋、Kayu=木)と言われ、
その通り根が数個の大きい芋に成ると芋を取り、
直径1.5cm,長さ1.5m程の幹を20cm程に斜め切り
した物を収穫後の土地に差し返す農法。

◆芋は大きく中は白色が大半、甘味はなく
ホクホクしている。1cm程の立方体を乾燥した物
をキャッサバ(Cassava)と言い、粉にするとタピオカ
(Tapioka)に成る、此れを主食にしている村には
癌患者が出ないと聞きました。

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